東京で働くサカマタの社畜ブログ

仕事観・稼ぐこと・生活していく中で日々学んだ内容を綴っています。

他人の人生を生きる?それとも自分の人生を生きる?

かなり偏った考えたのかも分かりませんが、社畜をしているということは、他人の人生の手助けをしているコトだと常日頃思っています。つまりは創業者が果たしたい目標の手助けですね。「私は私らしく生きている」とどれだけ主張したところで、結局は創業者の想いや考え、覚悟や責任を持って始まったのが今いる会社であり、正しく言えば「私はこの会社の仕組みの中で、出来る限り私らしく生きている」の方が合っていると思います。もっと分かりやすく言えば、ようは「会社の歯車」なわけです。たまに「会社の歯車はイヤだから、そうならない会社にいく」と言うヒトもいますが、誰かの会社にいく時点でまた歯車になることを選んでいます。

 

では歯車になることが悪いコトかと言えば、もちろんそんなことは無くて、歯車があるからこそ会社組織というモノは機能できるわけです。ただ違うのは、どんな大きなの、どんな形をした歯車かはヒトによって違ってきます。小さくてドコにでもよくある歯車であれば変えがきくので、いなくなっても多少の影響はあっても大して困るわけではありません。大抵の従業員はコレに当てはまります。反して、大きかったり、特殊な歯車であれば、なかなか変えのきかないモノもあり、いなくなると会社に致命的な影響をもたらしかねません。

 

私も過去に「歯車はイヤだ」的な思いをしたコトが多々ありつつも、結局は歯車でいる状態からは変わっていません。けれど、今はそれはそれとして会社に勤めていれば変えようのないコトだと受け入れ、いかに特殊な歯車となる考えるようになりました。しかし、特殊な歯車というとのは危うさもあり、会社組織の変化と共にその仕組みにハマらなくなる場合があります。そうなった場合は仕方と割り切って、自分のハマる場を探すかつくるしかないと思っています。

 

スタートアップやベンチャーなど、新しく建てた企業は、イメージをするなら「袋から取り出した粘土」のような状態です。創業者から始まり、仲間が増え、時間とともに、その形が変化しいくと、必ず抜けていくヒトが出てきます。私もそうであるように、その可能性は誰にでもあります。設立当初から共に頑張ってきた仲間が離散するのは悲しいことです。これは、これまでいた他人の人生から離れたということになります。他の会社にいき、また他人の人生を手伝うのか、それとも自分の人生を生きるのか、これはヒトによって合う合わないがあるので、常日頃から「どちらの自分でいたいのか?」を考え決めておくと良いですよ。

 

以上でーす。